14時46分に黙祷を

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震災直後の実家です。
あれから7年です。

この地震の後、電気もガスもなく、ガソリンもなくなり、道路のあちこちは寸断。

東京で、気は焦るけれど為すすべのない私は、震災2日後の平日から東京で会社に通勤してました。全く気持ちは仕事になかったけど、デスクに座って…
節電モードが高まっていました。

報道では原発は「大丈夫」と言っていたけど、地元の人たちはそんなの嘘だと知ってました。
相当酷いことになっているってことはわかっていたのです。

そんな中、私に時折かかってくる悲鳴に近い妹からの電話。
電話の向こうの惨状が現実とは思えなくて私はふわふわした気持ちでした。

いよいよ原発が怪しくなり、実家を含む近所の住民らは一か八かの避難の決断を迫られました。
母は「おばあちゃんがいるから行けない。若い人だけで行け」と言い、決断しかねる妹は号泣しながら私(会社)に電話。私は母の言う通りにしなさい、と言いました。

このとき、本当に家族みんなとの今生の別れかな、と思いました。
大げさではなく。
私は会社の屋上で、泣きました。

ちなみに、妹らは、少ないガソリンで一か八かの脱出をしましたが、その後道路の大渋滞に諦めて「やっぱりもどる」と実家に残ることになったのですが…

この一連の話は今は笑い話です。

しかし、この震災で、津波などの同じような危機迫る選択をした家族はたくさんあって、
不幸にも「最後の別れ」となってしまった家族は数え切れないくらいたわけです。

14時46分に黙祷を。

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