【過剰な二人】私は「運命」の正体を知っている。それは意思のことだ。

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「あんたは全身がかさぶたまみれで膿が噴き出している。…いいものが書けるよ。」

過剰な二人  林真理子 ・見城徹

林真理子の文章は、「過剰なもの」を抱えた人のそれである…
「過剰」とは、普通に生きているところからはみ出してしまうという意味だ。自分と折り合いがつかないということでもある。

それを表現することにより、自分と折り合いをつけるのが「表現者」だ。
作家はみんな強すぎる自意識を持っている。
自意識は、劣等感を見つめることから始まる。

冷静に、だ。

あるときは自身に満ち、またあるときには自信を喪失して落ち込む。
自己顕示と自己嫌悪の間を揺れ動くから、「風」と「熱」が起きる。それがその人のエロスであり、オーラとなる。
自分の強み、弱みをどう見極めるか。

勝負のかけ方。
引き際。
努力。
忍耐。
・・・人はそれを運という。

「しかし私は運の正体を知っている。それは”意思”のことだ。」

過剰な劣等感と自己否定から生まれてきた「野心」。
二人は似ている。

ただただ脱帽です。

 

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